「エンジニアリング・レポート(ER)」とは

 


1.不動産投資・取引等において不可欠なエンジニアリング・レポート(ER)

(1)ERの必要性
 不動産投資・取引等において、買い手の立場、売り手の立場、融資の立場等から、取引対象の不動産を適正評価するために、デュー・デリジェンス(DD:Due Diligence)と呼ばれる調査が行われます。DDは、①弁護士等の専門家が行う法的調査、②会計士や不動産鑑定士の行う経済的調査、③建築士や技術士等のエンジニアが行う物理的調査の3つに区分され、そのうち③の建物に内在する物理的なリスクを評価した物理的調査報告書をエンジニアリング・レポート(ER:Engineering Report)といいます。 
 

DDにおけるERの位置づけ

 投資等不動産の価格を構成する第一の要因は収益性ですが、不動産の収益性は、立地条件ばかりでなく、対象不動産の物理的性能によるところも大きく、法的調査、経済的調査とあわせて行われるERは重要な意味を持ちます。

(2)ERの目的
 ERは、技術的見地から、第三者の立場で、対象不動産を評価し、収益性に影響を及ぼす様々なリスクを明らかにし、出来うるものはリスクを定量化するという役割を持っています。対象不動産の収益性に影響を与える以下の様な要因を調査し、問題を指摘し、出来得るものはリスクを定量化し、説明することが、ERの目的となります。

 ①物理的な品質や性能の低下に伴う費用の発生
 ②地震等の自然災害による損失の発生
 ③環境リスクの除去に伴う費用の発生
 ④遵法性(建築基準関係規定)の是正に伴う
費用の発生 等

(3)ERの活用状況と今後
 ERは2001年9月にJ-REIT(不動産投資信託)として2つ投資法人が上場したのを契機として、不動産証券化の進展とともに急速にニーズが拡大しました。また、2007年には、不動産鑑定評価基準の改正が行われ、証券化市場における鑑定評価の公正性と客観性の確保のため、証券化対象の不動産の鑑定評価に際して不動産鑑定士は委託者にERの提出を求め、その内容を分析・判断した上で鑑定評価を行うこととされました。このような背景から、現在、不動産証券化市場や証券化対象不動産の鑑定評価においてERの取得は定着しています。
 しかし、ERを取得することで以下の①~④に挙げる様な対象不動産の価格形成要因を把握できるため、それ以外にも不動産購入の判断材料、融資の際の金融機関への説明、投資家の投資判断、所有不動産の適正価格の判断等に活用が期待できます。
 今後は、不動産証券化や鑑定評価以外にも、不動産売買やM&Aの際等の自己資産評価、不動産取引の適正化や透明化にERを活用していくことが強く求められます。

 ①不動産の収益の健全性や支出項目の妥当性
 ②今後の設備投資・施設計画等の妥当性
 ③罹災等により途絶する収入や、復旧コストの算定
 ④将来売却する際に障害となる要因の分析 等

 


2.「不動産投資・取引におけるエンジニアリング・レポート作成に係るガイドライン」の刊行等

 日本では1990年代後半より不動産の流動化が行われるようになり、ERが取得され始めましたが、当時のERは各社が手探りで作成している状況にあり、ER作成者毎にERの考え方にばらつきがありました。
 その後、不動産流動化の急激な進展と多様化により、投資家保護の観点から各関係者には説明責任と情報開示が強く求められるようになったため、BELCAではERの適正な作成と公正な不動産取引の実現のために、2001年にER作成の考え方を示した「不動産投資・取引における エンジニアリング・レポート作成に係るガイドライン(ERガイドライン)」を刊行しました。
 このERガイドラインは、ER作成に関わる技術者の指針とされており、より信頼性の高いERが作成されることを目指して、内容を充実させながら改訂を行っています(改訂年次:2007年、2011年、2019年)。
 また、技術者以外の多くの方々に関心をお持ちいただき、理解を深めていただくために、ER を Q&A 方式で分かり易く解説した「-不動産リスクマネジメントのための-エンジニアリング・レポート(ER)ハンドブック Q&A」を 2017 年に発行しております(改訂年次:2023年)。

エンジニアリング・レポート作成に係るガイドライン

書籍「不動産投資・取引における エンジニアリング・レポート
   作成に係るガイドライン」
*内容についてはこちらよりご確認ください

書籍「-不動産リスクマネジメントのための-エンジニアリング・
   レポート(ER)ハンドブック Q&A」
*内容についてはこちらよりご確認ください


3.エンジニアリング・レポートの構成

(1)ERの業務範囲(スコープ)
 ERは、一般に「建物状況調査」、「建物環境リスク評価」、「土壌汚染リスク評価」、「地震リスク評価」で構成されており、各種リスク分析から将来予想される様々なリスクの可能性を抽出し、可能なものは定量化(価格換算)して評価を行っています。

 ERの最も幅広い業務範囲(フルスコープ)は右表のとおりとなります。
 ERのスコープは多岐にわたるものの、ERの利用目的に応じてフルスコープで作成することもあれば、委託者(不動産所有者、不動産購入者、金融機関等)との協議の上でスコープをカスタマイズすることもあります。スコープを変更する際は、ER委託者とER受託者の間で協議を行い、調査項目の確認、調査期間の確認、報酬額の増減等を確認する必要があります。
 ERのスコープは「建物状況調査」、「建物環境リスク評価」、「土壌汚染リスク評価」、「地震リスク評価」に大別されます。

調査報告書調査項目
建物状況調査□ 立地概要調査
□ 建築・設備概要調査
□ 更新・改修履歴及び更新・改修
 計画 の調査
□ 遵法性調査
□ 緊急・短期修繕更新費用
□ 中・長期修繕更新費用
□ 再調達価格の算定
建物環境リスク
評価(フェーズⅠ)
□ アスベスト
□ PCB
□ その他の調査項目
土壌汚染リスク
評価(フェーズⅠ)
□ 土壌汚染の可能性
地震リスク評価□ 地震による予想最大損失額(率)

(2)建物状況調査
 建物状況調査は、建物の重要な部位や設備機器の経過年数、故障箇所の状態、安全性の問題、遵法性、日常の保守の状況等を管理関係書類の閲覧や建築・設備の現地調査で確認し、施設管理者等へのヒアリング等と併せて、建築・設備の劣化度、修繕等の重要性や緊急度に関する調査及び評価を行い、その概算費用の予測等を行うことを目的とします。
 建物状況調査の主要項目は、「遵法性調査」、「修繕更新費用」、「再調達価格の算定」となり、建物や建築・設備の概要とその状態を書類等調査と現地調査から評価を行います。書類等調査においては図面、届出書類、保守管理報告書等から建物状況の情報を把握し、現地調査においては、足場、梯子等は使用せずに、立ち入り可能な範囲で代表箇所の目視調査を行い建物全体の劣化状況の想定をします。

1)遵法性調査
 ERにおける遵法性調査とは、対象不動産にかかる建築基準法、消防法や都市計画法等の建築基準関係規定(建築基準法施行令第9条)への適合性について法的に必要な手続きや届出書類等の履行状況を調査することであり、書類等調査及び現地調査から建物の現状を把握し、建築確認検査完了時点との相違、建築基準法及び関係規定の法違反・不適合の可能性を指摘するものです。関係法令についてはできる限り把握し調査することが望ましいですが、不明な部分については事実記載を行うことを基本としています。
 なお、遵法性調査は、行政に代わって方の適合状態を判断するものではありません。

2)修繕更新費用
 ERの修繕更新費用は、建物が一般的な機能維持、安全稼働していくことを前提に算出されており、改修等を目的とした費用ではありません。修繕更新費用は、以下のとおり、短期修繕更新費用と中・長期修繕更新費用に区分され、短期修繕更新費用は緊急を要する修繕更新費用と短期修繕更新費用(1年以内)に区分されます。

①緊急を要する修繕更新費用主として人命、安全に関わる事項及び遵法性での明らかな違反事項に対して、直ちに修繕・更新が推奨される費用。
②短期修繕更新費用(1年以内)主として日常の保守よりも優先的に修繕や部品交換が必要な不具合に対して、1年以内に修繕・更新が推奨される費用。
③中・長期修繕更新費用経年劣化に対する修繕や建物の適切な機能維持、安全稼動していくための修繕・更新が推奨される費用。

 なお、建物の修繕更新費用は、竣工当初の性能が保持される10年程度の間は大きな金額が生じない傾向にありますが、10年を経過すると経年による大規模修繕等が想定されるため、ERの再評価時の修繕更新費用は、前回の調査時点より、非常に大きく算出される場合が多くなります。

3)再調達価格の算定
 再調達価格は、主に地震リスク評価における予想最大損失額や長期修繕更新費用の算出に利用されます。ERの再調達価格は、対象建築物を現時点において再び建設すると仮定した際に、建設に必要な一般的な費用の総額であり、設計費、解体撤去費、移転引越費、近隣補償費、官庁指導による工事費の増減等は含んでいません。また、区分所有建物や複合施設等の場合は対象範囲を明確にする必要があり、外構や駐車場施設等についても対象かどうかを明確にする必要があります。
 再調達価格の算定には、工事請負契約書(工事代金内訳書)、改修工事等の見積書、設計図書(竣工図書・改修図・現況図)、物価指数、資産区分に関する情報等が必要となります。

(3)建物環境リスク評価
 既存建築物の中には、竣工時には適法であったものの、その後の法改正等で現在では使用が制限・禁止されている物質が建築材料等に使用されているものがあります。このような状態を放置することにより、人の健康や建物環境に影響を与えることになるため、売買等の事前に建物環境に起因するリスクを評価することが重要となります。
 ERにおける建物環境リスク評価では右表の項目を調査項目として挙げていますが、ERでは委託者の判断により調査項目が変更される場合もあります。アスベストやPCBに関しては、ほぼ全ての不動産において調査が行われている。

  

主な調査
項目
アスベスト、PCB
その他の
調査項目
オゾン層破壊物質(フロン等)、
大気汚染(ばい煙等排出ガス)、
危険物・特殊薬液貯蔵施設、
空気環境、飲料水質、
空調和設備用水質、
雑用水水質、排水関係、
害虫・害獣防除、産業廃棄物
  建物環境リスク評価の評価項目

(4)土壌汚染リスク評価
 ERの土壌汚染リスク評価では、既存情報の確認、現地調査及びヒアリング調査結果から、敷地内の土壌環境面に関し何らかの問題を与える可能性のある事実を把握し、その重要性の評価を報告書として取りまとめています。土壌汚染リスク評価の評価手順は右表のとおりです。

①準備
・フェーズⅠ評価のスコープ設定
・業務契約の締結
・不動産の管理者に対するアンケート回答依頼
・既存情報の入手、調達
②既存情報の確認
③現地調査
④ヒアリング調査
⑤報告書作成
       土壌汚染リスク評価の手順

 評価にあたっては、官公庁及び地方公共団体等の公開情報、航空写真、住宅地図等から情報収集し、現地調査から、対象不動産の使用状況の実態を確認するとともに、不動産管理者を対象に、盛土等の造成の有無、有害物質等の購入・保管・廃棄手続き等のヒアリングを行います。
 そして、これらの調査から得られた事実、地域の地質や地下水理等を基に、有害物質や石油製品等が、現時点で漏洩している状態にあるのか、過去に漏洩した履歴があるのか、あるいは将来に漏洩の発生が懸念されるような状況にあるのか、を評価者の経験をふまえて判断します。
 なお、日本の土壌汚染対策法に基づく土壌汚染状況調査において、調査対象地の土壌汚染のおそれの把握を行うことを地歴調査と呼んでいますが、この地歴調査は土壌汚染状況調査(いわゆるフェーズⅡ)として試料採取等を適切に実施するための手続きの一環であり、ERで対象としている調査レベル(フェーズⅠ)と位置付けが異なるものなので注意が必要です。

(5)地震リスク評価
 地震国である日本では、地震により対象不動産の収益性を著しく損なう危険性があるため、投資家は最悪の事態が起きた場合の損失に備えておく必要があります。
 ERの地震リスク評価では、地震による対象不動産の経済的な損失をPML(Probable Maximum Loss)で表しています。PMLとは、建物の共用期間中に発生すると予想される地震による最大の物的損失額あるいは予想される最大の物的損失額の再調達価格に対する割合のことです。PMLについては、一般社団法人日本建築学会に設置された「建築物の安全性評価ガイドライン小委員会(2007年)」により3つの定義に分類されており、ERではどの定義に基づく評価であるかをレポートに明記することとしています。
 PMLは評価会社が独自に算定式や評価モデルのパラメータを構築していることが多く、評価者が異なれば、同一の建物であってもPMLの評価結果が異なる場合があります。
 なお、地震リスク評価の過程で耐震性能に言及する場合がありますが、地震リスク評価は地震による経済的な損失予測することを目的とする評価であり、対象とする建物の構造設計の内容が建築基準法及び施行令等の耐震規定に適合しているか否かに言及するものではありません。


4.信頼のおけるエンジニアリング・レポートの取得

(1)ER作成業務の流れ
 ER作成業務の流れは右図のとおりとなります。現地調査の概ね1週間以上前に委託者から資料の提出を受けて基本調査を行い、現地調査の2~3週間後にドラフト・レポートを提出し、原則として1~2週間程度の期間に委託者と内容確認を行い、成果レポートを提出する流れとなります。

ER作成業務の流れ

(2)ER作成業務の前提条件
 ER作成業務の委託にあたっては、以下の様な前提条件に留意する必要があります。

1)調査目的に応じた必要な資料の提供を受けること
 ER作成業務は、書類調査、管理者へのヒアリングによる情報提供を前提とした調査であるため、事前に竣工図書、建築確認済証(確認通知書)、検査済証、修繕及び改修履歴等の関連資料の提供を受ける必要があります。

2)現地調査は目視による調査であること
 ER作成業務では、設計行為やサンプルを採取し分析する調査は行わず、立入可能な範囲における目視による調査を原則としています。可能なものについては指触、聴覚等を併用することもあります。

3)機能、性能を回復・維持することを前提とする
 建築物の機能・性能の要求水準は利用者のニーズや社会環境の変化に左右され、建築物を改修する際等には、建築物の機能・性能の向上を図ることが一般的ですが、機能・性能の向上の想定は不動産の経営判断や設計行為が伴うため、ERの業務範囲を超えるものです。
 したがって、ERでは当初の機能・性能を回復(更新する)・維持することを前提とした調査及び報告を原則としています。修繕更新費用や再調達価格も同様の考え方で算出しています。

4)具体的に工事を行うことを前提としたものではないこと
 ERは一般的な施工条件を想定した調査報告であり、個々の建築物の諸条件を考慮して、通常採用される工法選定、数量積算、価格見積等の手順を経たものではないことに注意が必要です。
 特に1)の書類の不足は、ERの品質(精度、正確性)を大きく左右されることになるため、必要な関連資料提供が信頼性の高いER作成の基本となります。

(3)信頼のおけるER作成者と問い合わせ先
 ERの作成には、技術的に高い専門性が求められます。不動産証券化市場における投資家保護や不動産の物理リスクの洗い出しを行うというERの持つ重要性を鑑みると、ER作成者は何よりも資質と信頼性を備える必要があります。
 BELCAでは、ERの作成に関係するBELCA正会員が協働して、ER作成にかかる情報の共有、ERの品質確保・向上、ER作成者の質とER作成技術向上を目指す「ER作成者連絡会議」を設置し、現在では約40社が参画しています。
 安心できる品質のERの取得をお考えであれば、ER作成者連絡会議のメンバーにお問い合わせください。

 ◆ER作成者連絡会議については、こちら

(4)ER作成者の責任
 ERは前述の前提条件を基にした技術的専門家としての見解であり、委託者が自己責任において判断し、使用するものですが、ER作成者は原則として委託者に対して説明責任を有しています。ただし、委託者からの要請があれば、委託者同席の下で第三者に対しても適切に対応することとしています。
 また、ER作成業務には善管注意義務が発生すると考えられ、ER作成者には専門職業家として負担すべき社会的役割を深く受け止め、守秘義務を順守することや委託者から取引に有利になる意見の記載を求められても自らの行動を厳しく律して公正・中立な対応を行うことが求められています。

(5)留意点
 前述の前提の他に以下についても留意する必要があります。 

1)ERの調査時点
 ERは現地調査を行った日を調査時点とする評価です。ERの取得後に対象不動産に有意な事情の変化があった場合や一定期間経過した場合には、再評価が必要となります。
 ERを再評価する際にも原則として、その時点における全ての調査項目の評価が必要となることに留意してください。

2)その他
 ERは、その調査方法からERの記載事項は事実の正確性を保証するものではなく、委託者がERを利用した結果により生じる責任をER作成者が負ったり、委託者がERを利用した結果により生じる損害等の費用をER作成者が補償するものではありません。ERは限られた時間、限られた費用、限られた条件の中で実施されるリスク評価報告書であり、対象不動産の品質を保証するものでもありません。


本ページの問合せ先

 公益社団法人 ロングライフビル推進協会(BELCA) 総合企画部

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