市谷の杜 本と活字館│第34回BELCA賞

建物外観

建築物概要 ―Outline of Architecture―

1階展示室
1階ラウンジ
2階展示室

選考評 ―Selection Commentary―

本と活字館は、市谷地区の印刷工場の営業所として1926年(大正15年)に創建され、戦火を逃れ増改築を繰り返しながら2016年(平成28年)まで利用され、「時計台」という愛称で長く地域に親しまれてきた。市谷地区の再開発整備事業は、大日本印刷株式会社の営業企画部門の集約と工場機能の更新に伴う本社の建て替え計画で、事務所を高層化し工場を地下に設けることで、人工地盤となる地上部に約2万㎡の緑豊かなオープンスペース「市谷の杜」が創出された。本建物は、その緑豊かな屋外空間に、地域貢献できる文化施設として再生されており、大規模開発により変わりゆく風景の中で、まちの記憶の継承するという大きな役割が担われている。

保存に当たっては、2mジャッキアップし、そこから3回の曳家を行い、新たに設けられた免震基礎に据え付けられるという大変難易度の高い工事となっていた。外装内装などの創建時の姿は、白黒写真数点と簡単な一般図、戦後の改修図のみからの判断であったため、改修時に上塗りされていた仕上を取り除き、奥にある創建時の装飾を発見して一つ一つ解明していくという考古学のような丁寧な既存調査が行われたうえで、改修方針がたてられていた。また、施工に当たっては数多くのモックアップやサンプルを作成して検証し、可能な限り創建時に近づけようとする数々の努力の跡が伺え、その結果、創建時の姿が見事に蘇っていた。

内部空間は、かつての営業所機能を活版や印刷技術が学べる展示空間として再生されている。印刷事業の原点である活版印刷の職場が再現され、文字のデザイン、活字の鋳造、印刷、製本までプロセスが展示され、体験もできるよう計画されており、創建時の美しい内部空間と相まって歴史を感じることができる。

設備については、今回全て新設されている。省エネ性にも配慮し、外壁の断熱を更新、複層ガラスによる断熱性の向上を図った上、高効率タイプの空調機、全熱交換器を採用している。加えて、全館LED、節水型便器が採用されている。また、1階展示ギャラリーは免震ピットを活用した床吹出空調を採用することで、すぐれた温熱環境をつくりだしながら、室内に設備機器がなく復原時の意匠に影響が出ないよう工夫されている。更に、グループ会社によるトータルなマネジメントにより、きめ細かい施設管理も行われおり、2060年(令和42年)までの維持保全・改修計画も確実に策定されていた。 このように、設計者、施工者による丁寧な作業が行われた結果として、「市谷の杜 本と活字館」は新たに誕生した。都心の中の再開発事業は、古き良きぬくもりのある空間を、ドライにしてしまうことが多く見受けられるが、本プロジェクトにおいては、オープンスペースを作り出し、新たな杜を創出し、更にその杜の中に歴史的な建物が存在させることで、新たな潤いのある街の風景が生み出されている。このようにして生まれた新しい街は、これから100年200年と永く地域の人に愛される街となっていくであろう。

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