BELCA賞表彰作品の共通事項調査の解説
はじめに
地球環境問題への対処は、今や世界の最重要課題となってきている。大量の資源とエネルギーを消費して造られた建築物を、短い寿命で取り壊し廃棄するといった、建築の「造っては壊し」に歯止めをかけ、スクラップアンドビルドから建築ストック重視への転換が、資源の有効活用、公害要因の削減からも、大きい社会的要請となってきている。
しかし一方、建築物を利用する側の建築に対する要求条件は、時代とともに変化する。しかもその変化のスピードは早まってきている。土地をより有効に利用したい、現在の機能に合致させたい、より快適な空間を得たい、など。
欧米では、古い建築を現在のニーズに対応できるよう改修している例は大変多い。一国の年間建設投資に占める新築と古い建物のリニューアルの比率を見ると、わが国では新築がその殆どを占めているが、先進諸国ではほぼ半々といった国も少なくない。わが国も、今までのような「造っては壊し」を続けていけば、地球環境と絡み世界から指弾を浴びることとなろう。
しかし、古い建物と現在の要求をどう折り合いをつければ良いのか、どのように改修すれば良いのか、またどのような建て方をすれば長い寿命を保てるのか、となると、まだまだ判らないことが多い。
BELCAが平成3年に創設したBELCA賞は、「わが国に於ける良好な建築ストックの形成に寄与することを目的」としたもので、まさにストック重視への社会的要請に深く関わる時宜を得たものである。
平成8年5月開催された平成7年度BELCA賞表彰式において、手術後間もない身体で出席された岸谷孝一審査委員長は、「創設以来5年を経過し、50近い物件を表彰した『BELCA賞』の共通項を探り、21世紀のわが国の建築のあり方をあぶり出したい」と発言された。
残念ながら岸谷委員長は翌6月死去されたが、BELCAでは、岸谷委員長の遺志を実現すべく、平成8年9月、「BELCA賞受賞事例研究」を、東京理科大学工学部建築学科沖塩研究室に委託した。本稿は、その調査結果の概要報告である。
1.(社)建築・設備維持保全推進協会優良ビル表彰制度(BELCA賞)
BELCA賞とは、「建築物(設備を含む、以下同じ)のロングライフを考慮した優良な建築物で、かつ適切な維持保全を推進し、または、優良な建築物の改修を実施した物件について毎年表彰することにより、我が国に於ける良好な建築ストックの形成に寄与することを目的」に、BELCAが平成3年以降毎年行っている表彰制度である。
BELCA賞には、下記の2種類がある。
(1)ロングライフ部門:建築物等のロングライフを考慮した適切な設計のもとに建設され、長年にわたり継続的に優良な維持保全を実施し、作品及び内部環境として特に優秀なもの。
(2)ベストリフォーム部門:最近改修(リフォーム)された建築物で、この改修によって画期的な活性化を図った物件のうち、作品及び内部環境として特に優良なもの。
表彰対象建築物の範囲は次の通りであるが、歴史的記念建造物は除いている。
(1)ロングライフ部門:建築後20年以上経過しているもの。
(2)ベストリフォーム部門:改修後1年以上経過しているもの。
毎年の表彰件数は、両部門ともそれぞれ原則的に5件以内としている。
2.本調査の対象と方法
第1回(平成3年度)から第5回(平成7年度)までにBELCA賞を受賞した物件(1)ロングライフ部門26物件、(2)ベストリフォーム部門22物件、計48物件を調査対象とした。
調査は、(1)BELCAに保存されている受賞物件の応募資料、(2)表彰作品審査評、の分析および(3)文献により行い、受賞物件の現地再調査や関係者からのヒアリングなどは今回は行わなかった。
3.ロングライフ部門受賞物件の特徴
ロングライフ部門受賞物件はすべて建設当初から「優れた建築」として定評があった。そしてその殆どは、建設当初から社会的にまたは建築界で話題になった建築であり、すべてに共通して次の(1)〜(4)のような経緯をたどっている。
(1)建築主(発注者)に「優れた建築を造りたい」との意識があった。
(2)建築主の期待に応えた設計と施工で社会的建築的に話題となる。
(3)その建築が建築主やユーザーの誇りとなった。
(4)オーナーやユーザーが(設計者、施工者と一緒に)維持管理体制や保全計画を立て優れた保守を行なってきた。
また、ロングライフ部門受賞物件には、
(5)材料選択、保全の容易性、変化対応性、周辺環境の将来予測、高度の安全確保など、当初設計時点で長寿命化に対する配慮が見られるもの
(6)オーナーや関係者が「建築は社会ストック」との意識を持つもの
などが少なくなかった。
(1)建築主(発注者)の姿勢
●「優れた建築」を求める
当初の建設にあたり、「最高品位の追及」(三井本館)、「美観と格調の高さ」(日本生命保険相互会社本店)、「文藝春秋らしさの追及」(文藝春秋本社ビル)、「世界を代表するホテル」(ホテルオークラ本館)、「日本を代表する音楽の殿堂」(東京文化会館)など、『優れた建築を』『この建築を通して組織のイメージアップを』といった建築主(発注者)の意図が読み取れる。
●設計者の選定
この建築主の意図は、設計者の選定に現れる。受賞物件の元設計者は、すべて次のような著名建築家または著名組織である。渡辺仁、村野藤吾(4件)、内井昭蔵、大谷幸夫、A・Raymond(2件)、谷口吉郎・小坂秀雄・他、Trowbridge & Livingstone、今井兼次、前川国男、海老原一郎、薬師寺主計、菊竹清訓、日建設計(5件)、三菱地所(2件)、竹中工務店(3件)。
(2)建築主の期待に応えた設計施工で社会的建築的話題に
受賞物件のほとんどは、建設当初から社会的にまたは建築界で話題になった。
戦前完成の受賞物件8件中6件は、日本建築学会編「近代建築史図集」および「日本近代建築総覧」に掲載されている。その他の2件、大原美術館と在日アメリカ合衆国大使館大使公邸も社会的にも建築的にも話題となった建築である。
戦後完成の受賞物件18物件中16件は、新築時に雑誌「新建築」に大きく取り上げられている。この18件中6件は日本建築学会賞作品賞を受賞、9件は建築業協会賞(BCS賞)を受賞、10件は「近代建築史図集」に掲載されている。
多くの受賞物件は、応募書類で「建築主の意図が実現された」と述べている。
また、「素晴らしい施工技術により外壁のモザイクタイルの剥離がない」(日本二十六聖人記念館)、「高度の施工技術により強固な躯体」(在日アメリカ合衆国大使館大使公邸)など、『高い施工水準』のものが多い。
(3)建築主の誇りとなり建築に愛情や愛着を持つ
応募書類では、「銀座のシンボルで時代を象徴する建物」(服部時計店)、「大学の象徴的な空間」(東京女子大学)、「世界を代表するホテル」(ホテルオークラ本館)、「日本橋の象徴」(三井本館)、「日本を代表する音楽の殿堂」(東京文化会館)、「都市環境のランドマーク」(百十四ビル)など、建築主が受賞物件に『日本を代表する、または時代や地域のシンボル』といった意識を持っている。
また、「建物に対する誇りと愛情できめ細かい対応」(日本生命日比谷ビル)、「住民の建物に対する愛情」(東急ドエル桜台コートビレジ)、「館長自身が点検整備」(日本二十六聖人記念館)、「ビルの歴史は植物を育んできた成長の歴史」(大同生命江坂ビル)、「内容・建物とともに新鮮さを保っている」(大原美術館)など、『オーナー、管理者、ユーザーなどの建物に対する愛情、愛着』に関わる表現も多い。
(4)オーナーなどが維持管理体制や保全計画を立て優れた保守を行ってきた
●原設計の意図を保つ保守と修復
「優れた建物を後世に残そう」(世界平和記念聖堂)、「将来にわたって保存」(東京女子大学)、「歴史的文化遺産を後世に残す」(宇部市渡辺翁記念会館)など、オーナーが『優れた建物を後世に残す』との意思を持ち、「竣工時の面影を残す」(国立京都国際会館)、「建物の価値を十分に認識し竣工時の状況を変えることなく維持保全」(日本生命日比谷ビル)、「竣工当時の姿を残すようにメンテナンス」(三愛ドリームセンター)、「原設計の意図を出来る限り残す」(ディックビル)、「原設計の意図を残すよう維持保存」(文藝春秋本社ビル)「日本最古の建築伝統美に溶け込んでいるイメージを崩さずメンテ」(出雲大社庁舎など)および「建物の保存という観点から改修工事」(三井本館)、「改修は原設計を残すことを基本」(近三ビルヂング)、「創建当時の意匠を損なわず修復」(在日アメリカ合衆国大使館大使公邸)など、『原設計の意図を保つようメンテ・修復』の姿勢が読み取れる。
●原設計者や施工者と三者一体の管理体制
維持保全は、「用途変更や模様替に際しても設計者と連絡を取り協議」(百十四ビル)、「運営者・設計者・施工者が三者一体となり緻密な運営管理」(大原美術館)、「管理者・設計者・施工者の三者同盟による年次計画の作成や改修方法の検討」(東京文化会館)、「所有者・設計者・施工者が三者一体となりメンテを行う」(出雲大社庁舎)など、当初設計者や施工者を含めた『三者一体の管理体制』をとっている物件が多い。
●明確な維持管理組織と保全計画
「維持管理組織図」(丸ノ内ビルヂング)、「維持管理保全計画の実施組織図」(百十四ビル、大原美術館、日本生命保険相互会社本店)、「維持保全計画の実施組織図」(出雲大社庁舎)など、『維持管理組織図』を持ち、「長期保全計画・定期保全調査」(世界平和記念聖堂)、「年間計画表と長期修繕計画の作成や維持保全計画書」(東京証券会館)、「建築・設備維持保全計画書」(日本生命日比谷ビル)、「定期業務計画書」(百十四ビル)、「維持保全計画書」(日本二十六聖人記念館)、「保守整備作業計画表」(サンワ東京ビル)など、『年間計画書、保全計画』を多くが作成してそれにより維持保全を行なっている。
●維持保全や管理の基準や仕様書を持つ
多くの受賞物件は、「維持保全計画の基準、仕様書、特殊部分清掃の特記仕様書の作成」(国立京都国際会館)、「日常点検、定期点検の要領・基準の整備、文書化」(近三ビルヂング)、「基準、清掃作業要領」(日本二十六聖人記念館)、「日常・定期点検の要領・基準の整備」(文藝春秋本社ビル)など、維持保全に関する『基準、仕様書等』を定めている。
また、「管理するための準則」(日本生命日比谷ビル)、「施設管理規定、施設使用規定、防火管理規定」(国立劇場)、「運営規定」(三愛ドリームセンター)、「維持管理関連業務の仕様書等の明示」(宇部市渡辺翁記念会館)、「ビル管理規定」(ディックビル)、「館内規定、維持管理関連業務の委託要領、保守、点検要領」(大同生命江坂ビル)など、『管理規定、使用規定』を定めている。
●定期的調査と診断
「建築・設備総合診断報告」(宇部市渡辺翁記念会館)、「設備機器管理報告書」(日本生命相互会社本店)、「施設維持管理に関する現状調査報告書」(東京文化会館)など、多くの物件は定期的に『調査、診断等』をきっちり行なっている。
(5)材料選定、保全の容易性、変化対応性、安全性など当初設計の長寿命への配慮
●長寿命を考慮した材料選定
「耐久性の高い材料使用」(パレスサイドビルディング)、「外壁を耐久性のある花崗岩とステンレスを主体に構成」(東京証券会館)、「外壁を耐久性のある花崗岩張」(日本生命日比谷ビル)、「環境条件に適合する骨格と時間を超える性能を保証」(百十四ビル)「庇、軒先の腐蝕を考慮し緑青銅板使用」(ホテルオークラ本館)、「サッシュ窓台、軒天の一部に耐候性処理」(サンワ東京ビル)、「外壁の耐蝕・耐候性の実験を行い検討」(文藝春秋本社ビル)など、『耐久・耐蝕・耐候性の高い材料の使用』の記述が多い。
●保全の容易性への配慮
「パイプスペースが共同溝」(東急ドエル桜台コートビレジ)、「設備保全の容易性」(パレスサイドビルディング)、「各階に庇→外壁のメンテ作業の容易性」(ホテルオークラ本館)、「建物の維持管理のし易さを意識した設計思想」(東京文化会館)、「架構体を主体構造と更新構造に分けメンテの向上」(出雲大社庁舎)など、当初設計で『保全の容易性』をうたっているものも多い。
●変化対応性への配慮
「ロングスパンラーメンのオフィス空間は1.5★モデュール」(ディックビル)、「先見性あふれる合理的な平面計画」(日本生命保険相互会社本店)、「オフィスフロアーの計画モデュールを2.7★と設定」(大同生命江坂ビル)、「無柱空間により様々なレイアウト変更を可能」(サンワ東京ビル)など、当初設計における『フレキシブルな空間』に関する記述が多い。
●将来への配慮と高度の安全確保
また、「将来の地下鉄工事を予想し根切底から更に1層分のシートパイル」(服部時計店)、「耐震耐火性能の充実」(三井本館)など、将来を見通した配慮も見られる。
(6)オーナーや関係者が「社会ストック」「周辺環境」など建築の社会性への意識を持つ
「社会ストックの質的水準及び建築資産価値の維持向上」(国立劇場)との記述や、オーナーや関係者が、欧米の識者が古い建築に対してもつような、「古さ」への価値を見いだしていると感じさせる記述が認められる。
そして、「防災性能の強化の推進」(国立京都国際会館)、「建物の安全性に対する社会的評価」(ホテルオークラ本館)、「劇場の安全性の維持向上」(国立劇場)、「非常時災害の管理体制の確立」(宇部市渡辺翁記念会館)、「貸事務所としての安全性の確保」(大同生命江坂ビル)、「ビル管理規定により安全を保つよう運営管理」(ディックビル)など、『安全対策』に関する記述や、「都市環境としての美化に努める」(パレスサイドビルディング)、「都市環境のランドマークとして存在」(百十四ビル)、「地域に対する内外環境の整備」(ホテルオークラ本館)など、『周辺環境への貢献』に関する記述も多い。
(7)建設に金をかければ良いのではない
●戦後貧困期に建設された世界平和記念聖堂
1950(昭25)年着工、途中物価高騰に直面、中断しながら1954年完成の世界平和記念聖堂では、ライフサイクル思想に関する記述で「設計時点はそれどころではなかった」とあり、戦後の貧困期、建てるだけで精一杯だったことを示している。しかし、その後オーナーや関係者が「優れた建築を後世に残そう」との意識を持ち、信者のボランティアによる補修、更に完成30年後、当初建設費に見合う費用をかけて改修している。
●外装材料にコンクリート打放しが少なくない
受賞物件の外壁材料としては、花崗岩を用いているもの7件(内1件は1階柱型のみ)、タイル貼5件(内1件は1階2階のみ)で、コンクリート打放しが6件(世界平和記念聖堂、東急ドエル桜台コートビレジ、東京女子大学、日本二十六聖人記念館、東京文化会館、出雲大社庁舎)と意外に多かった。
なお、今回の調査で知りたいと考えていた「建築設備更改の履歴」は、現在の設備を何時どう変えたかについての記述はあったものの応募の際の提出資料からは読み取れなかった。
また、「維持保全の費用」についても、提出資料からは読み取れなかった。
さらに「階高」との関係も、LLB部門では明快には出てこなかった。
4.ベストリフォーム部門受賞物件の特徴
ロングライフ部門受賞物件と異なり、この部門の受賞物件は、建設当時は建築界や社会で話題にならなかった物件も多い。
受賞物件で1945年の終戦以前に建設されたものが12件あり、同学会編「日本近代建築総覧」には10件リストアップされているものの日本建築学会編「近代建築史図集」に掲載されているものはない。
ベストリフォーム部門部門受賞物件は、大きく次の3つのタイプに分類できる。
(1)明治大正期の煉瓦造石造の再利用
(2)建設当初から話題になった建築を時代のニーズに合うようリニューアル
(3)安易な廃棄を避け、使える部分を用途変更して活用
(1)明治大正期の煉瓦造石造の再利用
明治大正期建設の受賞物件8件はすべて組積造である。
●階高が高く、雰囲気がある建築で、展示室、多目的ホールなどへの転用が可能
受賞物件中、神戸郵船ビル以外は用途変更としている。いずれも階高が高く、他の用途への転用が可能だった。チャペル兼講堂として建てられ、その後博覧会、文化センター、図書館を経てギャラリーとなった王子市民ギャラリーのように、用途が幾度も変わった建物もある。
保存再生にあたっての関係者の意識には下記のようなものが多い。
・今は使われなくなった技術や様式を後世に伝える
・建設当時の雰囲気を大切にしながら用途変更:煉瓦や石の質感を大切に
・建物への愛情や愛着
・周辺環境の維持:歴史的景観を考慮
リフォームに関しては次のような記述が見られる。
●建設当時への再生
「建築の歴史的価値の保存」(函館ヒストリープラザ)、「創建時のデザインと異なる部分を当時の設計図を参考に復元」(赤レンガ館)、「旧礼拝堂の復元に重点」(王子市民ギャラリー)、「貴重な産業遺産として保存・再生」(産業技術記念館)、「古き良き建築を保存、解体された既存材料を改修に再利用」(水の科学博物館)、「歴史的建物として外観の維持」(神戸郵船ビル)など、『建築当時への再生』をうたう記述が多い。
(2)建設当初から話題になった建築のリニューアル
戦前から一般に著名であったホテニューグランド、蒲郡プリンスホテル、南座、建築界での話題作であった鹿島建設本社ビル、霞ケ関ビルディング、日本歯科大学新潟歯学部など、ホテル4件、オフィス銀行4件、劇場1件、病院学校2件のリニューアルである。
●建設当時への再生
「原設計のコンセプトを生かす」(鹿島建設本社)、「外観はそのまま、内装や調度品も当初の雰囲気に」(蒲郡プリンスホテル)、「当ホテルの持つ伝統の再生」(札幌ロイヤルホテル)、「伝統を尊重、時代に即した機能」(ホテルナゴヤキャッスル)、「客席を当初の雰囲気を残しながら改修」(南座)、「老舗の甦り、歴史的まちなみ保全の一環」(ホテルニューグランド)など、原設計を大切にする記述が多い。
●時代のニーズ対応と居住環境の向上
「展示・会議機能・情報サービス等の強化、各種設備の高度化」(大阪マーチャンダイズ・マートビル)、「照度アップ、電源容量アップ、OA化対応」(鹿島建設本社ビル)、「パブリックゾーン・宿泊施設の充実」(札幌ロイヤルホテル)、「時代に即応した新しい機能」(ホテルナゴヤキャッスル)、「設備の近代化による快適追及と機能強化」(南座)「高度情報化対応」(第四銀行本店)、「高度・先端医療への対応」(日本歯科大学新潟歯学部)、「ホテル機能、建築設備の整理統合と全面更新」(ホテルニューグランド)など、『時代のニーズ対応』の記述が多い。また、「オフィス環境の快適性」(鹿島建設本社ビル)、「宿泊施設の充実」(札幌ロイヤルホテル)、「室内居住環境の向上」(小平記念東京日立病院)、「快適追及」(南座)、「快適な室内環境を提供」(日本歯科大学新潟歯学部)、「快適性の向上」(ホテルニューグランド)など、『居住環境の向上』を挙げる記述も多い。
●安全性向上と省エネとメンテナンス性向上
「不燃化、法規対応」(札幌ロイヤルホテル)、「防災性能の向上」(小平記念東京日立病院)、「客の安全対策」(南座)、「老朽化・劣化に対して安全性の確保、防火区画改修」(霞が関ビルディング)、「防火設備の増強」(ホテルニューグランド)などの『安全性向上』、「外壁二重化」(大阪マーチャンダイズ・マートビル)「空調設備改善」(小平記念東京日立病院)、「環境負荷を配慮」(ホテルナゴヤキャッスル)、「コージェネレーションシステム導入」(ホテルニューグランド)などの『省エネルギー化』、「空調フィルターの改良」(鹿島建設本社ビル)、「機器の集約、系統の明確化、廊下天井内にパッケージ収納」(霞が関ビルディング)、「整然と統一された設備シャフト」(第四銀行本店)、「施設管理の集約化と省力化」(日本歯科大学新潟歯学部)など『メンテナンス性向上』に関する記述が目立つ。
(3)安易な廃棄を避け、使える部分を用途変更して活用
この分類には、「天寿をまっとうしたかの如き」1941年建設の木造福祉厚生施設を商業施設として再生した「花と工芸の館」、短寿命建築が普通の博覧会パビリオンを再生した「UCCコーヒー博物館」、旧県立図書館を美術館として再生した「熊本県立美術館分館」の3つが含まれる。
●「建設当時への再生」と「全く新しい建物」を狙う2つの方向
設計コンペで新築を提案した他の4案を抑え、「長年社員に親しまれてきた建物としてのシンボル性を残す」「会館建築のフォルムを残し、現在のニーズに応える建築性能の具備を狙った「花と工芸の館」に対し、他の2件は、「パビリオン計画時点のより、将来の大改修の計画」(UCCコーヒー博物館)、「図書館を大規模改修により美術館として再生」(熊本県立美術館分館)と『全く新しい建物へのリフォーム』を行なっている。
(4)建替えでなくリフォームとした理由
建替えでなくリフォームとした理由は、下記のように整理できよう。
●今は使われなくなった古い技術や様式を後世に伝える:現在では新しく造ることが困難なものなど
●歴史的景観を考慮した外観保存:建築のファサードがそのまま歴史的景観の重要な構成要素となっているもの
「街並みの整備に貢献する」(大阪マーチャンダイズ・マートビル)、「街のシンボル的建築物であり取り壊しとせず改修」(蒲郡プリンスホテル)、「周囲の景観との調和に対する慎重な配慮」(ホテルナゴヤキャッスル)、「街並みの景観形成におおいに貢献」(ROKKO23)、「歴史的景観の一つであり全面改修」(南座)、「歴史的景観の保全及び外構の整備」(クリエーティブ・スペース・赤れんが)、「周辺環境との調和を図る」(UCCコーヒー博物館)、「都市景観の向上に貢献」(赤レンガ館)、「街並みに溶け込み長い伝統を持つ旧本館の外観構成」(第四銀行本店)、「原風景を現代に蘇らせ、新たな都市景観の形成」(産業技術記念会館)、「歴史的街並みの保存に寄与」(ホテルニューグランド)など、周辺の景観に関連する記述が多かった。
●現代建築の持たないレンガ、石の質感を大切に:レンガ、石といった純粋な自然素材の持つ、味のある重量感により形作られている人間味のあるものの再評価。(1)のグループはこれにあたる。
●オーナーが原設計に愛着を持ち、かつ、改修でニーズの変化に十分対応できると判断
「歴史的建物としての外観維持」「現代の事務所ビルとしての機能確保」「生活環境の向上」を狙った(1)の「神戸郵船ビル」と(2)のグループに共通している。
●市民からの保存要請や記念事業
「街のシンボル的建物、市からの要請」(蒲郡プリンスホテル)、「保存の要望も強く出された」(南座)、「市民からの要請で保存再生」(クリエーティブ・スペース・赤れんが)、「市民に長く親しまれてきた建物」(第四銀行本店)、「多くの人に愛され続けた本館」(ホテルニューグランド)と『市民からの保存要請』も深く関わっている。
また、「市制100周年」(ホテルナゴヤキャッスル)、「創業100周年記念事業」(赤レンガ館)、「創立120周年記念事業」(第四銀行本店)、「アーキテクチャーフェアがきっかけ」(神戸郵船ビル)、「歴史的街並み保存の動向の一環」(ホテルニューグランド)など、『記念事業』と関わっているものも少なくない。
(5)リフォームの要点
●綿密な事前調査
「綿密な調査・診断を行い改修」(函館ヒストリープラザ)、「レンガ積外壁の健全度調査により補強検討資料作成」(クリエーティブ・スペース・赤れんが)、「構造調査等を行い現状を把握し改修」(熊本県立美術館分館)、「既存躯体の全面チェック」(第四銀行本店)、「建物の各部の調査」(郵船ビル)、「約7ヵ月間の調査試験に基づき改修」(産業技術記念会館)、「耐震壁の移・増設に伴い耐震診断を行い施工」(ホテルニューグランド)、「経年劣化の調査」(水の科学博物館)など、リフォームに先立ち『十分な調査』を行なった記述がある。
●「建設当初の形を生かす」と「骨組などは残すが大改修」の2つの方向
●時代のニーズに対応や居住環境の向上
●安全性向上や省エネやメンテナンス性向上
●周辺環境の維持
(6)リフォーム工事関連
●建物を使用しながらの改修
「『空室工事→完成→入居→空室工事』の施工サイクル」(鹿島建設本社ビル)、「現場作業の少ない工法、騒音振動の少ない工法」(ホテルナゴヤキャッスル)など、『通常業務を行いながらの改修』に苦労している例が多い。
そのため、「建物内部の作業をなくする、外部作業は無足場とする」(大阪マーチャンダイズ・マートビル)、「現場作業、湿式作業を極力少なく」(札幌ロイヤルホテル)、「事前に問題点を抽出・解決、部材の事前発注、職人の手配・段取り」(小平記念東京日立病院)など工事関連で様々な工夫を行なっている。
●新工法や新技術開発
「屋根材・外装材の軽量化・パネル化により新技術の活用」(UCCコーヒー博物館)、「新技術の開発」(霞が関ビルディング)も種々行なわれている。
(7)特記事項
ベストリフォーム部門受賞物件の中で「神戸郵船ビル」の例は特筆すべきものと考える。この物件は、阪神淡路大震災の直前に、耐震診断など綿密な調査をし十分な補強を含めたリフォームを行なった。もともと鉄骨煉瓦造であったこのビルは、周辺のビルが大きい被害を受けたにも拘わらず、被害は皆無であった。
耐震性能に問題があると指摘されると、すぐに壊して建て替えをする例が多いが、本例が今後の1つのモデルとなることを筆者は願っている。
おわりに
BELCA賞の応募資料の分析からのみでは、定量的解析は無理であった。今後、現地再調査などに期待することが多い。
ロングライフ部門受賞物件一覧表
授賞回・年 | 受賞物件名 | 建築年 | 原設計者 | 建設時受賞等 | 新建築等掲載 |
第1回 平成3年 | 世界平和記念聖堂 | 1954 | 村野藤吾 | 学会賞1955近代史図集 | 新建築1955.04 |
東急ドエル桜台コートビレジ | 1970 | 内井昭蔵 | 学会賞1970近代史図集 | 新建築1970.11 | |
服部時計店 | 1932 | 渡辺 仁 | 近代史図集学会リスト15461 | 新建築1932.08建築雑誌1932.07 | |
パレスサイドビルディング | 1966 | 日建設計 | BCS賞1968 | 新建築1966.12 | |
丸ノ内ビルディング | 1923 | 三菱地所 | 近代史図集学会リスト15076 | 建築雑誌1926.09 | |
第2回 平成4年 | 年国立京都国際会館 | 1966 | 大谷幸夫 | BCS賞1967近代史図集 | 新建築1966.08 |
東京証券会館 | 1966 | 三菱地所 | |||
東京女子大学 | 1938 | A Raymond | 近代史図集学会リスト17534 | 新建築1938.05建築雑誌1938.08 | |
日本生命日比谷ビル | 1963 | 村野藤吾 | 学会賞1964近代史図集 | 新建築1964.01 | |
百十四ビル | 1966 | 日建設計 | BCS賞1968 | 新建築1967.02 | |
ホテルオークラ本館 | 1962 | 谷口吉郎他 | BCS賞1964 | 新建築1962.07 | |
第3回 平成5年 | 近三ビルヂング | 1931 | 村野藤吾 | 近代史図集学会リスト15395 | 新建築1931.09 |
国立劇場 | 1966 | 岩本博行・建設省 | BCS賞1968 | 新建築1966.12 | |
三愛ドリームセンター | 1963 | 日建設計 | 新建築1963.03 | ||
三井本館 | 1929 | Trowbridge他 | 近代史図集学会リスト15386 | 建築雑誌1929.07 | |
日本二十六聖人記念館 | 1962 | 今井兼次 | 学会賞1962 | 新建築1962.08 | |
第4回 平成6年 | 宇部市渡辺翁記念会館 | 1937 | 村野藤吾 | 近代史図集学会リスト44220 | 新建築1937.06建築雑誌1937.11 |
大原美術館 | 1930 | 浦辺設計 | |||
大同生命江坂ビル | 1972 | 竹中工務店 | 新建築1972.12 | ||
ディックビル | 1967 | 海老原一郎 | 新建築1968.05 | ||
東京文化会館 | 1961 | 前川国男 | 学会賞1961BCS賞1962 | 新建築1961.06 | |
日本生命保険相互会社本店 | 1962 | 日建設計 | BCS賞1960 | ||
第5回 平成7年 | 出雲大社庁舎 | 1963 | 菊竹清訓 | 学会賞1963BCS賞1965 | 新建築1963.08 |
サンワ東京ビル | 1973 | 日建設計 | BCS賞1975 | 新建築1974.03 | |
文芸春秋本社ビル | 1966 | 竹中工務店 | 新建築1966.06 | ||
在日アメリカ合衆国大使館大使公邸 | 1931 | マゴニグル+レーモンド他 | 建築雑誌1932.03 |
注〉学会賞:日本建築学会賞作品賞受賞(数字は受賞年度)
学会リスト:日本建築学会編「日本近代建築総覧」(技報堂1980.3)に記載(数字は同番号)
近代史図集:日本建築学会編「近代建築史図集」新訂版(彰国社1976.1)に記載
BCS賞:建築業協会賞受賞(数字は受賞年次)
建築等:竣工時、雑誌「新建築」「建築雑誌」に掲載(「建築雑誌」は終戦前巻末に写真図面付きで紹介されたもののみ)(数字は掲載年月)
ベストリフォーム部門受賞物件一覧表
授賞回・年 | 受賞物件名 | 建築/ 改修年 | 主構造 | 学会リスト等 | 用途変更 |
第1回 平成3年 | 大阪マーチャンダイズ・マートビル | 1969/ 1989 | 新建築1969.11 | ||
鹿島建設本社ビル | 1967/ 1990 | BCS賞1970 新建築168.10 | |||
蒲郡プリンスホテル | 1934/ 1987 | 学会リスト28354 | |||
札幌ロイヤルホテル | 1964/ 1989 | ||||
花と工芸の館 | 1941/ 1989 | 木造 | 厚生施設→多目的ホール | ||
第2回 平成4年 | 小平記念東京日立病院 | 1960/ 1990 | |||
函館ヒストリープラザ | 1910/ 1989 | 煉瓦造 | 学会リスト01061 | 倉庫→多目的ホール | |
ホテルナゴヤキャッスル | 1969/ 1988 | ||||
ROKKO23 | 1890/ 1991 | 煉瓦造 | 工場倉庫→ショールーム | ||
第3回 平成5年 | 南座 | 1929/ 1991 | 学会リスト31461 | ||
クリエーティブスペース赤れんが | 1918/ 1992 | 煉瓦造 | 学会リスト44027 | 書庫→ホール | |
UCCコーヒー博物館 | 1981/ 1987 | 博覧会建築→博物館 | |||
第4回 平成6年 | 赤レンガ館 | 1913/ 1993 | 煉瓦造 | 学会リスト54009 | 銀行→ホール、サロン |
霞が関ビルディング | 1968/ 1993 | BCS賞1969 新建築1968.06 | |||
熊本県立美術館分館 | 1958/ 1992 | 図書館→美術館 | |||
第四銀行本店 | 1962/ 1992 | | BCS賞1964 | | |
第5回 平成7年 | 王子市民ギャラリー | 1904/ 1993 | 煉瓦造 | 学会リスト28051 | 工場→博物館 |
産業技術記念館 | 1912/ 1994 | 煉瓦造 | 学会リスト28051 | ||
神戸郵船ビル | 1918/ 1993 | 鉄骨煉瓦 | 学会リスト35242 建築雑誌1919.01 | ||
日本歯科大新潟歯学部 | 1972/ 1994 | BCS賞1974 新建築1972.09 | |||
ホテルニューグランド | 1927/ 1992 | 学会リスト18097 建築雑誌1928.02 | |||
水の科学博物館 | 1917/ 1989 | 粗積造 | 学会リスト35287 | 浄水場→博物館 |
注〉
学会リスト:日本建築学会編「日本近代建築総覧」(技報堂1980.3)に記載(数字は同番号)
近代史図集:日本建築学会編「近代建築史図集」新訂版(彰国社1976.1)に記載
新建築:当初建築作品が雑誌「新建築」に掲載(数字は掲載年月)
建築雑誌:当初建築作品が日本建築学会誌「建築雑誌」に掲載(終戦前巻末に写真図面付きで紹介されたもののみ)(数字は掲載年月)
建設年次に太字のもの:建設が終戦前のもの