浜名湖の東岸に位置する舘山寺温泉は1958年に開湯した温泉街である。一時は年間300万人が訪れる観光地であった。しかしながら、温泉街全体の施設の老朽化、団体旅行客の減少に伴い、宿泊客は温泉街全体として最盛期の6割まで落ち込んだ。そのため2006年に地元の温泉旅館17軒の経営者が温泉街活性化のため「街づくり協議会」を発足させ「遠方からの団体旅行客への依存から脱却し、周辺地域の住民や日帰り客にも利用しやすい町へと再生する」を軸に活動を推進した。
その中に位置した旧「ホテルエンパイヤ」は高度成長期の1972年に団体旅行向けの大型ホテルとして開業し、1979年には客室数を200室まで増築した。しかし、近年の団体旅行客の減少に伴い、大型施設の維持管理、価格競争は厳しく、また東海地震への対応を含んで、耐震改修、建替計画の検討も行われたが、多額の投資を伴う開発は難しい状況にあった。
そこで、既存の施設を利用し、周辺住民のために開かれた業態に変えるため、「減築」が行われた。具体的には団体旅行客のための高層客室棟の4階から13階を解体し延床面積36,000uから24,500uへと減築した。また、会議場は解体して庭や家族向けの低層客室棟とした。ホテルの共用部であった部分は、喫茶ラウンジの床段差やナイトホールの舞台奈落の躯体形状をそのまま利用した浴槽に改修した。
構造的にも減築により高層部の荷重を軽減したため、低層部の耐震安全性が非常に高い建物として生まれ変わることとなった。
設備面においては、既存設備を最大限活かした環境負荷低減が図られている。施設内各所の温浴施設に対する熱供給は、「減築」に伴う既設蒸気ボイラの余力を利用した、搬送動力の不要な蒸気により行われ、温水を搬送するシステムに比べCO2換算で約4.9t/年の搬送動力を削減した。電気設備、給排水衛生設備、空調設備は、事前の劣化診断結果をもとに、既設設備の無駄のない効率的な活用(リユース)がなされている。また、維持管理については、今後の長期使用に向けた維持保全計画が確定され、その実施体制も確立されている。
改修後は客単価、稼働率の向上等事業としての回復が見られるだけでなく、日帰り温泉を軸とした温泉街全体の魅力づくりが図られている。
既存のストックを有効利用する手法としての「減築」は少ない中、業態の変更、耐震補強のみならず事業の改善、街全体の活力の回復を「減築」を使って実現し成功した事例として高く評価できる。
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