第21回BELCA賞ロングライフ部門選考講評

 BELCA賞選考委員会副委員長 三井所 清典

 BELCA賞における建築のロングライフの概念はますます広まってきた。審査会では意識的に明確な規定をせず、応募者の意図を尊重することにしている。ロングライフを長寿命という言葉に置き換えるなら、その有様は多様である。建築をできるだけ創建当時の状態で維持することは概念として分かり易い。ただ時間の推移の中で形成される建築の雰囲気は時々の状態で高い価値を見出すことができるので、風雪を刻み続ける建築の長寿命を計ることも意味がある。今回は殆ど全体に亘るリニューアルを行い機能や性能の向上を図った建築が長寿命部門に応募された。全面的に変化しているものの見る人には全く以前の建築と同じイメージに映るものでイメージの長寿命化ともいうべき建築である。また近年は耐震診断や必要な耐震補強がなされていない建築は受賞の対象にはなりにくい。応募は何回も可能なので然るべき検討や改修を済まして再度の挑戦を期待したい。

  「ザ・プリンス箱根本館」(1978年竣工)は景勝地箱根芦ノ湖畔の自然環境の中に佇むリゾートホテルである。このホテルの特質は設計者村野藤吾が目指した設計の考え方とその思想を守った2007年の大改修の方針に裏付けられる。村野は湖畔の環境と景観の保全に徹する目的から「一木一石たりとも大切に保存し、みだりに変更してはならない」ことを設計の原則とし、工事中もこれを守らせた。具体的には、ホテルの建築を分割し、巨大化を避け、2棟の円形客室棟を樹林の中の空地に分散配置し、エントランスやメインロビーのある中央棟も同様に樹間に建設されている。しかもそれらの建築はすべて周辺の松や杉の樹高を超えないように建てられ、ホテル全体がそれぞれ樹林に包まれ湖畔の景観に調和する建築となっている。またそのことによって建築の内外が自然と融合した魅力的な空間が生み出されている。2007年に実施された大改修の方針は内外共に村野の設計思想を受け継ぎ美しいデザインとディテールを保存し、竣工当時の姿に修復することであった。特に共用部はそれが徹底されている。職人の巧みの技を把握するため実測調査をするなどの努力によって改修を実施した成果はロングライフ部門に価するものと高く評価された。

 「阪神甲子園球場」(1924年竣工)は日本で初めての本格的な野球場として西宮に建設され、以来旧制中等学校、引き続き現在の全国高等学校野球の聖地となっている。またプロ野球チーム阪神タイガースのフランチャイズ球場としても歴史を刻み、国民に深く親しまれている球場である。今回野球場としての現代的魅力と施設の安全を向上させるため、2007年から2010年にかけて大改修・大改装が実施され、施設の機能的及び物理的長寿命化が図られた。改修は内野・外野のスタンドの床や客席の改良、内野席上部の銀傘架け替えによる屋根の拡張と中間支柱の撤去、ツタの絡んでいたRC外周壁の増打による新しいファサードのデザイン、耐震補強や避難計画の総合的見直し、売店や食堂、甲子園歴史館等、外周のオープンな場に設けられた記念碑を含むアメニティ施設の充実が図られている。銀傘上の太陽光発電設備など設備上の省エネ対策も施されている。実に立派なリニューアルであるが、不思議なことに以前からそうであったかの様に見える。見る人にとって「あるべき甲子園の姿」として映るのであろうか、見事なイメージ保存による長寿命化として高く評価される。

 「早稲田大学2号館」(1925年竣工)は早稲田大学図書館として建設された建物である。当時建築学科主任教授 内藤多仲が中心となり、意匠は30歳の助教授 今井兼次が担当した。意匠性に富む6本の円柱のあるエントランスホールと天井の高い500人収容の大閲覧室のある図書館は大正末に東洋一と言われたという。その後1955年に自習室や事務室の新館ゾーンと書庫ゾーンが増築され、1990年には中央図書館機能が移転した。1997年のキャンパス整備指針でこの3つのゾーンが一体化した建築は大学の歴史を継承していく軸路に接し、内外部とも最大限保存すべきという改修方針が定められている。2号館の保存改修は1998年と2010年の2回に亘る改修で見事に応えたと評価される。1998年の改修で大隈記念室と會津八一記念博物館の新機能が加えられ、1999年東京都歴史的建造物第1号に選定された。2010年の改修では3ゾーンを一体とした建築の耐震補強が行われたが、補強は新館ゾーンと書庫ゾーンに限定し、初期の図書館ゾーンは歴史的意匠性が尊重された質の高い空間として保存された。このような全学からの期待に応えた建築の長寿命化の改修設計と工事が、ロングライフ部門に価すると高く評価された。
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