第11回BELCA賞ベストリフォーム部門表彰物件
カラコロ工房
「村おこし・町おこし」が各地で計画されている。キーワードとして、そこに住む住民の「原風景」がよく用いられる。
この「カラコロ工房」のある松江市殿町周辺は、古くから山陰地方の金融センターとしての機能を持ち、趣のある洋風建築がいくつか存在したが、現在、その松江を語る上での貴重な建物は二棟を残すのみという。その一棟であるこの旧日本銀行松江支店は長野宇平治の設計による。
1988年(昭和63年)日本建築学会は、保存に関する要望書を当時日本銀行より購入していた島根県知事宛に提出している。その理由は、辰野金吾の後継者である長野宇平治が古典様式の建築家として近代日本の第一人者であること、またドリス式オーダーを備えたこの建築は近代日本の古典系の最終的な作品として位置付けられるためである。その後1994年(平成6年)松江市の所有となり「再利用アイディア募集」が実施され、1996年(平成8年)には、松江市旧日銀跡地活用懇談会は報告書に「外観を残し今ある建物の内部空間を活用し、市民が気軽に立ち寄れる施設とし街づくりに生かすこと」を提言している。実に、1988年購入以来、2000年1月リフォーム完成まで10年を超える年数を経て完成されたものである。「原風景」を護ることの難しさを感じるとともに、関係者の努力に敬意を表するプロジェクトである。
施設は旧日銀本館と新築された工房棟がガーデンテラスを挟んで対峙し、古典様式と現代デザインの対比が商業施設として新しい魅力を醸し出している。
内部空間は、旧日銀の受付カウンターで仕切られたカフェ、重厚な金庫扉をそのまま残す展示室など、かつての銀行が持つ重厚なイメージが一新され、町おこしのキーポイントとしての賑わいのある商業施設として成功している。設備は全面更新がなされ、商業施設の環境に対応している。保存すべきデザインに留意しての更新に関係者の苦労が感得できる。旧日本銀行松江支店の正面には道を挟んで京橋川が流れ、この風景こそが住民にとっての「原風景」であっただろうと想像される。現在は全面の国道の交通量が多いため、施設への導入も正面からできない。町おこしのためには隣接するもう一棟の貴重な建物とともに、町再生のためのグランドデザイン再構築が必要であろう。