第16回BELCA賞ロングライフ部門選考講評

BELCA賞選考委員会副委員長 三井所 清典

 第16回BELCA賞ロングライフ部門は4建物とその維持保全に努められた所有者、設計者、施工者及び維持管理者に授与されることになった。審査方法として今回もベストリフォーム部門と区別せず10件を選ぶ方法を採ったため、1次審査から厳しい選考となった。特に今回は都心部や地域の活性という社会的テーマに因んだ応募が多く、建物の用途が変わると共に、外観も変化し人を惹きつけるリフォームが目立った。その中でロングライフ部門の特徴をあげると、旧古河鉱業若松ビルは地域の活性化の拠点づくりとして市民の寄付を含む積極的な運動によって美しい外観が保存され、かつ市民団体の運営によって活発に利用されている。これからの保存のモデル的事例と考えられる。また、日本武道館をはじめ耐震補強の巧みさが目立った。安易な手法によらず、高度に配慮されて建物のデザイン性を壊さず、うまい保存に成功したと評価される。神戸女学院の材料や構法の厳選によって震災の被害を感じさせない復旧も見事である。臨南寺は、斬新なデザインが檀家の人々に次第に受け入れられ大切に扱われるようになった幸な建築の好例である。今回の受賞の数は少数であったが、それぞれ特徴のあるものが選ばれた。
 「旧古河鉱業若松ビル」(1919年竣工、2004年改修)は筑豊地方における石炭事業展開のために、旧財閥系企業古河鉱業が若松につくった支店活動のためのオフィスビルである。敷地は現在若松バンドと呼ばれている、かつての石炭積出港として華やいだ海岸通に面し、建物は両端に大小2つの円形の塔をもつレンガ造2階建てで、20世紀初頭の世界を風靡したアールデコの粉飾が外部の各所に施された華麗な姿を見せている。その様子から、当時は日本国内はもちろん大陸までを臨んだ構えではなかったかと推察される。しかし、この建物も数年前には入局者もなく、老朽化も進み、取壊しまでも検討されるようになっていたところを、市民の寄付金や運営計画を含む保存運動に応えて北九州市が買い取り、2004年の改修工事によって現在の交流施設に蘇った。レンガ造を安全な建物とするための耐震補強と内外の装飾の復元工事は手仕事が多く、難しい保存工事を見事に完成させたことは評価される。また、保存運動を行なった市民団体が集って指定管理者となり、交流施設としての建物の運営に取り組んでいて、活発な活動が展開されている。この点でも保存活用のモデルといえる施設である。
 「神戸女学院校舎棟」(1933年竣工、2005年一部改修)は神戸から西宮の岡田山丘陵の現在地への移転に際し、ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計により建設された施設で、今回受賞の対象は音楽館、講堂・総務館、図書館、理学館および文学館の校舎棟である。しかし、佇まいとしてはそれらが囲む中庭や周囲の自然と一体となった緑の環境を含めて評価されるものである。創建時、設計者は校舎が生徒の精神に及ぼす影響は大であり、美しい環境から生徒は直接教育されることを期待する、との意を述べているそうだが、73年の時間の中で見事に成熟した教育環境となっている。校舎はスパニッシュ・ミッションのスタイルでそれを表現する形や素材は丁寧に扱われ、それぞれの部位で存在感を示している。これは日常的な維持保全に対する配慮と1995年阪神・淡路大震災の被害の雰囲気を壊さないよう配慮された耐震補強を含む復旧工事及び終戦直前に供出した金属の照明などの地道な復旧努力が実を結んだものである。ヴォーリズの意匠を大事にする設計者と施工者及び所有者の協調的な取り組みが高く評価される。
 「日本武道館」(1964年竣工)は東京オリンピックの柔道会場として使用するため11ヶ月の短工期で建設された施設で、以来日本武道の殿堂として各種の大会に使われてきた。また、公益的使命をもつ行事やコンサートの会場としても広く活用されている。それは15,000人の大観衆を収容できる施設であり、内径80mの正八角形にまとめられた平面が観客にとって見易く、一体感も得易いこと、入退場がスムーズであること、さらに外観、特に優雅な屋根の姿が象徴的であり、多くの人に親しみと憧れの気持ちを抱かせるなど数々の特質を備えているためである。2000年度に実施された耐震改修は、筋交いなど安易な手法を採らず、スチール格子パネルをRCの柱梁枠組みに嵌め込む手法を用いて優雅な意匠を壊すことなく達成しており高く評価される。また時代と共に進歩するイベント演出技術にも設備・装置の改善でよく追従している。これは今後の長期維持保全計画と共に耐用性の保全として評価されるものである。
 「臨南寺本堂」(1974年竣工)は、かつての広大な寺域の大部分が公園となり、結果的に公園の一部に公園を配慮して佇む建築のように見える。それは伝統的な寺の本堂の形や材料に依らず、鋼板で葺かれたドーム状の屋根がプレキャストコンクリートの丸柱の列柱の上に浮いて見える斬新な姿のためでもある。以前の本堂の老朽化に伴う建替えの際、意欲的な住職の意に応えた設計者が、形だけでなく、材料や工事の方法まで合理性を追求し、工業化構法や乾式工事といった昭和40年の時代の精神を存分に発揮してデザインしたもので、建立当初とまどった檀家の人達も、建築家村野藤吾審査による第1回吉田五十八賞やBCS賞を受賞する中で次第に馴染んでいったようである。設備は用途上簡単であるが、天井に格子状に張られた化粧銅板の目地から吹き下ろされる空調システムは屋根の鉄骨トラスの中に仕組まれていて、管理も容易で巧みである。檀家に限らず地域住民に広く開放しながら、親しまれる寺として維持管理サービスの提供に努力している寺の姿勢を含め評価される。