JR元町駅から海岸通りへ向かって徒歩10分弱、モダンな商業施設やオフィスが落ち着いた街並みを形成している。その中にあってなお、「神戸商船三井ビル」はしっかりした存在感を示している。
当初この建物は「大阪商船」の神戸支店として建設されたが、現在はテナントビルとして使用されている。歴史的建物の使用目的変更は、維持保全の面で多くの課題を抱えることになる。特に自社使用から収益施設とする場合にはさらに難しい問題が生ずる。しかしながら、この建物は課題を明快に整理することで、良好な保全維持を行っている。
外部は外壁のテラコッタをはじめ非常に丁寧な補修が行われ、ほとんど竣工当時のままの姿である。また、内部は共用部を中心にエントランスホールやエレベーターホールなどの天井、壁、床はモザイクタイルに至るまで可能な限り往時の姿を残している。また、ホールに1基だけ残した手動のエレベーターや廊下のメールシュートは、往時の雰囲気を効果的に伝えている。
一方、貸室内内装は自由に、共用部の水回りなどは当初の意匠にはこだわらない更新が行われ、テナントビルとしてのサービスを優先している。
ところで、この建物は継続使用する上で耐震補強が必須であったが、補強は周囲からはほとんど見えない隣地との狭間の空地を利用して行われた。お陰で道路に面する外観には全く影響なく、内部の補強も最小限となっている。高密度な市街地にあって、大規模な外付け耐震フレーム設置の格好なスペースがあったことは非常な幸運であるが、資材の搬入と施工はかなり難度の高いものとなっている。
設備については、技術革新や時代のニーズに合わせて適宜改修がなされ、現在もなお賃貸用事務所や物販店舗としての機能を維持している。空調設備では冷房設備の新設や震災復旧時にはチラーの更新等、衛生設備では自動フラッシュバルブ小便器、洗浄便座付洋風大便器等節水型器具への更新、電気設備では負荷の増加に伴い、屋上にキュービクルを設置し受変電設備を改修、テナント転出入時にはOA床化に伴い電源増設を随時行っている。また、竣工当時のエレベーター1基は丁寧なメンテナンスが行われ、今も現役で活躍している。
維持保全については、2000年に建物・設備診断に基づく改修計画が策定され、2010年にもその後の10年間にわたる保全計画の立案と、2022年以降の長期予測による保全計画、省エネルギー計画の立案が行われ、この計画に基づき設備の老朽度、緊急性を考慮しつつ計画的に維持管理が行われている。
阪神淡路大震災による被害についても丁寧な復旧工事が行われ、90年以上にわたり「港町神戸の顔」で有り続けていることは、まさにロングライフ部門に相応しい模範となる建築物と思われる。
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